京都地方裁判所 昭和34年(行)4号 判決 1961年1月21日
原告 古沢槌之助
被告 京都府知事
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は「被告が昭和三三年五月二〇日付買収令書を以てなした昭和三三年七月一日を買収期日とする別紙目録記載の土地の買収処分はこれを取消す。」との判決を求め、その請求の原因として、
(一) 別紙目録記載の土地(以下本件土地という)はもと原告の所有(登記簿上も原告所有名義)であつたところ、被告は右土地を農地法第六条第一項一号の不在地主の所有する小作地に該当するものとして同法第九条により昭和三三年七月一日を買収期日として、買収価額を時価九、六二五円とする買収令書(昭和三三年五月二〇日付)を発行し、同年六月六日原告に交付して買収処分をした。
(二)(1) ところが本件土地は原告が昭和一五年頃附近の土地約一、八〇〇坪と共に売買によりその所有権を取得したものであつて、土地台帳上、その地目は畑となつていたが、当時右土地は全部栗石と砂利ばかりの河原であつて雑草さえも生えぬような荒蕪地であつた。そして原告は、右土地を順次宅地として他に売却し、本件土地のみが売却せずに宅地として残存していたものであるが、何時の間にか原告の全然知らない間に何人かが擅に本件土地に客土してこれを田地として耕作するに至つた。
そして、右の事実は原告が昭和三二年一〇月二八日付京都市北区農業委員会から農地法第八条第二項による通知を受け驚き実地を調査して発見した次第である。
(2) 従つて、原告は何人に対しても本件土地の使用を許可したことはなく、現実にこれを耕作しているものは、土地の不法占有者であつて、本件土地は農地法第二条第二項の小作地に該当しない。
又本件土地は荒蕪地を何人かが擅に耕作し農地として使用しているものであるから、農地法第六条第五項により小作地と看做される土地にも該当しない。
(3) それ故本件土地を不在地主の所有する小作地として農地法第九条の規定により被告の原告に対してなした前記買収処分は違法であるから取消さるべきである。
(三) そこで原告は右買収処分の違法を理由にその取消を求めるため、農地法第八五条の規定により、昭和三三年七月一一日農林大臣に訴願を提起したが、その後三ケ月を経過したが、右訴願に対して未だ裁決がない。
よつて、原告は行政事件訴訟特例法第二条但書前段、同法第五条第四項により本件買収処分の取消を求めるため本訴請求に及んだ、と述べ、
被告の本案前の抗弁に対して
行政事件訴訟特例法(以下単に行特法と略称する)第二条但書は訴願前置主義の例外として訴願の提起のあつた日から三ケ月を経過したときは訴願の裁決を経ないで出訴することができる旨定めている。
右の例外規定により訴願の裁決を経ないで原処分の取消を求める訴を提起する場合には、その訴願の裁決があるまでの間は勿論のこと、訴願の裁決があつた日から一年又は訴願の裁決のあつたことを知つた日から六ケ月の間はいつでも出訴することができるのである。
被告の主張によれば訴願につき裁決があつた場合は裁決の日から一年裁決のあつたことを知つた日から六ケ月間は出訴できるのに、たまたま訴願を受けた行政庁の怠慢で三ケ月内に裁決をしないときは、出訴期間は原処分のあつた日から一年、処分のあつたことを知つた日から六ケ月に短縮されることとなり、訴願庁が訴願に対する裁決を怠つたために訴願人が出訴期間の点で不利益を被むる結果となり、かかる不条理は許さるべきではない。よつて被告の訴却下の主張は理由がなく、本訴は適法であると述べた。
(証拠省略)
被告指定代理人・
一、先づ本案前の抗弁として、
本訴請求の趣旨は行政処分の取消を求めるものであるから、本訴提起に当つては行特法の制限を受けることになる。
ところで、原告は被告のなした買収処分に対してその取消を求めて農林大臣に訴願を提起し、右訴願提起後三ケ月を経過した後に本訴を提起したことは行特法第二条の関係においては適法であるが、本訴の提起は次の理由によつて不適法であるから却下さるべきである。
即ち、原告は昭和三三年六月六日に買収令書を受領したのであるから、この日に処分のあつたことを知つたこととなり、且つ同年七月一一日に訴願を提起したのであるから、右買収処分の取消を求める訴訟は行特法第二条但書及び第五条第一項の規定によつて右訴願提起後三ケ月を経過した日である同年一〇月一一日と処分のあつたことを知つた日から六ケ月を経過した同年一二月六日までの間に出訴しなければならないのである。
しかるに、本訴の提起があつたのは昭和三四年三月一八日であり、右の出訴期間を徒過している。
従つて本訴は却下さるべきである。と述べ、
二、本案につき、「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、
答弁として、
原告の主張事実中(一)は認める、(二)の(1)は不知、同(2)は争う、(三)の事実中、原告が昭和三三年七月一一日農地法第八五条により農林大臣に訴願を提起したが、右訴願に対していまだ裁決がなされず、原告は右訴願の提起後三ケ月を経過した後に右裁決を経ずに本訴を提起した事実は認めるがその余の事実は争う。被告が本件土地を不在地主の所有小作地であると認定して原告に対して、本件土地の買収処分をしたのは次の理由による。
すなわち、
(1) 本件土地は現在、訴外大野友太郎が耕作の目的に供しているものであり、同訴外人が耕作するに至つた経過は次のとおりである。
(イ) 本件土地はもと原告が所有していたものであるが、昭和二四年二月二八日訴外池田季雄に売渡し、右売渡に伴う所有権移転登記は行われなかつたが、右当事者間において、昭和二五年一〇月一一日付で所有権移転請求権保全の仮登記をなし、
(ロ) 次いで、昭和二五年一〇月一一日前記池田から訴外松本吉太郎に売渡され、同日付で所有権移転請求権保全の仮登記をなし、
(ハ) 更に、前記松本から現在の耕作者である大野友太郎に仮登記上の権利が譲渡されたものである(但し、この間には売渡証書は作成しなかつた)。
(ニ) 本件土地は前記池田が原告から買受けて後一部を耕作の目的に利用していたが、訴外大野友太郎が仮登記上の権利を譲受けるに至つて全土地を整地し、現在は水田として利用しているものである。従つて、買収当時は農地であつた。
(2) 訴外大野は訴外池田、同松本を経て前記仮登記上の権利を取得したものであつて、その後、原告との間に所有権移転登記を行うについて、再三交渉が行われたのであるが、その交渉の段階において、原告は本件土地に対する自己の所有権を主張した事実もなく、また大野が耕作している事実を知り乍らこれを拒否した事実もない。
(3) 以上の事実によつて明らかな如く訴外大野友太郎は平穏且つ公然と本件土地を耕作しているのであつて、本件土地は農地法第六条第五項に該当する小作地である。
しかも、原告は、本件土地を管轄する農業委員会(京都市北区農業委員会)の区域外に住所を有しているので、当然に農地法第六条第一項一号により本件土地を所有できないものであり、本件土地買収処分当時の真の所有者は原告であつたので、本件土地は不在地主の小作地である。
(4) そこで被告は原告を被買収者として、本件買収処分をなしたものであり、右処分は適法である。
よつて、原告の本訴請求は理由がないから棄却さるべきであると述べた。
(証拠省略)
理由
一、先づ、本件農地買収処分の取消を求める訴の適否につき判断するに、被告は原告が本件買収処分決定を知つた日から六ケ月を経過した後に、その取消を求める本訴を提起したから本訴は不適法であると主張するけれども、行政事件訴訟特例法第二条、第五条の趣旨を綜合すると、元来行政処分に対し、訴願を提起したけれども、訴願の裁決のないままに三ケ月を経過したときにはその時から、その後訴願の裁決のあるまでの間は勿論のこと、更に訴願の裁決のあつた日から一年又は訴願の裁決のあつたことを知つた日から六ケ月に達するまでの間はいつでも当該行政処分の取消変更を求める訴を提起することができるのであつて、これを本件についてみるに、被告が昭和三三年五月二〇日農地法第九条に基き原告に対する農地買収を決定し、右決定が昭和三三年六月六日原告に通知されたので、原告は同年七月一一日農地法第八五条により農林大臣に訴願を提起したが、右訴願に対していまだ裁決がなされず、原告は右訴願の提起後三ケ月を経過した後に右裁決を経ずに本訴を提起した事実は当事者間に争がなく、原告が右訴願を提起してから三ケ月経過後で、しかも訴願に対する裁決前である昭和三四年三月一八日に本訴を提起した事実は訴状に押されてある受付印に徴し明白であるから、本訴は訴提起期間になされた適法なものといわなければならない。よつてこの訴を不適法とする被告の主張は採用し難い。
二、そこで本案につき判断する。
(一) 原告が本件土地の登記簿上の所有者であり、且つ本件土地買収当時の真実の所有者であつたこと、被告が本件土地について、原告を被買収者として、買収期日を昭和三三年七月一日として、農地法第六条第一項第一号の不在地主の所有小作地であると認定して、同法第九条により買収処分を行う旨決定し、買収価格を時価金九、六二五円とする買収令書を昭和三三年五月二〇日付で発行し、同年六月六日原告がこれを受領した事実はいずれも当事者間に争がない。
(二) 原告は本件買収処分当時の本件土地の耕作者は不法占有者であり、原告の知らぬ間に何人かがほしいままに農地にしたものであつて、農地法に所謂「小作地」に該当せず、また農地法第六条第五項の規定による小作地とみなさるべきものではないと主張するので以下この点について考察する。
成立に争のない乙第一号証及び証人池田季雄、同松本吉太郎、同大野友太郎、同木村藤太郎の各証言により真正に成立したと認め得る乙第二号証乃至第四号証(但し第二及び第四号証はいずれも官署作成部分の成立は争がない)に前記各証言並に現場検証の結果を綜合すると、本件土地は周囲の土地約一、〇〇〇坪余と共に、原告の所有に属していたが、原告は、これを順次売却し、本件土地を訴外木村藤太郎の仲介で昭和二四年二月二八日付で訴外池田悌吉に売渡す契約をなし、同日付で作成された売渡証書には買主を悌吉の息子季雄名義にし、同日付で本件土地につき池田季雄と売買予約をしたことを原因として、右当事者間において当時の京都司法事務局下賀茂出張所に所有権移転請求権保全の仮登記をなし池田悌吉が現実に本件土地の引渡をうけてこれが占有をはじめ、爾後自己の所有土地として耕作を開始した事実、次いで右土地は昭和二五年一〇月一一日付売渡証書によつて、前記池田季雄(実際は同人の父池田悌吉)から訴外松本吉太郎に売渡す契約がなされ、同日付で松本吉太郎名義に所有権移転請求権保全の仮登記がなされた事実。更にその後二、三ケ月程経つてから右松本から現在の耕作者である大野友太郎に対して、本件土地についての前記仮登記上の権利が譲渡され、右契約の締結にはいずれも木村藤太郎が仲介しており、又、右各権利移転に伴い、現実に土地の占有も順次移転していつた事実。又、土地の状況も当初、池田悌吉が占有を取得したときは全体にわたつて耕作されていなかつたが順次耕作を始め、一部には土地の高低があつて田地に適しない個所もあつたが後日、大野友太郎が占有するに及んで土地の高低の個所を整地する等して、全土地を完全な農地として耕作するに至つたものである事実が認められる。他方右認定のように訴外池田が本件土地の耕作を開始した後、大野友太郎に至つて完全に農地化され、しかも、前記各証拠によれば原告と大野との間には所有権移転登記を行うについて再三交渉が行われていたことが認められるにも拘らず、その交渉の過程において、原告は耕作について何等の異議申入れをなしたとの事実を認めうる資料がないばかりか、却つて前記証人木村藤太郎の証言によると、原告は本件土地が耕作の用に供せられていることについては何らの異議を言わなかつたことが認められる。
右認定に反する原告本人尋問の結果は前掲各証拠に照らしてにわかに措信できない。
以上、認定の如く、現在の耕作者大野友太郎が本件土地の占有を取得し、現実に耕作するに至つた経緯並にその間における原告の態度等を彼此考え併すと、原告主張の如く、全然原告の知らぬ間に池田、大野等がほしいままに農地として使用するに至つたものではなく、各自がそれぞれ、たとえ、仮登記であつたにもせよ、自分等が買受けた土地であるとして、平穏且つ公然と耕作を続けて来たものであることが窺える。
そうすると、本件土地は小作地以外の農地でその所有者又はその世帯員でない大野友太郎が平穏且つ公然と耕作の事業に供しているものと言うべきであるから農地法第六条第五項により小作地とみなされる土地に該当するものといわなければならず、この点に関する原告の主張は理由がない。
(三) 次に原告が不在地主であるかどうかについて判断する。
原告が本件土地を管轄する京都市北区農業委員会の所在区域外に住所を有していることは、原告において明らかに争わないところであるからこれを自白したものとみなされる。
そうすると、前段認定のとおり、本件土地は小作地とみなされるから、原告は農地法第六条第一項第一号により本件土地を所有することができないものに該当するといわなければならず、同法第九条に基きなした被告の原告に対する本件農地買収処分は適法であり、これを違法であるとしてその取消を求めることは許されない。
三、よつて、原告の本訴請求は棄却することとし、訴訟費用について、民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 喜多勝 宮崎福二 大西リヨ子)
(別紙目録省略)